精神神経科、神経内科


不眠症について

 最近、「眠れない」と来院される方が多くなっています。昔は「眠れないぐらい大したことではない、病気のうちに入らない、酒でも飲めば眠れる、下手に睡眠薬など飲むとやめられなくなってしまう」などと考えられていたように思います。しかし、高齢化にともなって、不眠症人口が全体に増えたこと、日中の傾眠傾向に伴う交通事故(無呼吸症候群によるバスの運転手の事故は話題になりました)が問題になっていること、ストレス社会になり精神の不調に伴う不眠症増加などが来院者が増える背景にあるようです。
 また、夜に何時間眠れば不眠症でないのかという質問が出てくるかと思いますが、はっきりした数字が出せないように思います。年をとれば自然と早く目が覚めるようになりますし、午睡が多ければ自然と夜は眠りにくくなるでしょうし、夢見が悪い人は睡眠時間が長くても不眠感を強く訴えます。実際、夢を見ている間は体はリラックスして、寝返りを打つこともないぐらい休めていますが、脳はあまり休めてなく、浅い睡眠状態です。結論からいうと、朝の目覚めが良くて、日中に快適に活動できれば、良眠できていると考えていいと思います。また、夜の10時から午前₃時までは睡眠のゴールデンタイムといわれています。ある釣り好きの俳優さんは仕事がないときは、夜₈時ぐらいに就寝、早朝₄時すぎに起床するそうです。
 では、どうやったらよく眠れ、何が睡眠に良くないかということですが、早朝の散歩で朝日をたっぷり浴びることや、床に入る₁時間前に温めた牛乳を飲むと睡眠のホルモンが出て良眠できるということは先人の知恵のようです。逆に、コーヒー、緑茶などのカフェイン類を夕食後に飲みすぎることは睡眠を妨げるようです。また、誤解されやすいのは寝酒、それも深酒です。確かに寝つきは良いのですが、時間が経ってアルコールが抜け始めるころに覚醒し、その後眠りにつきにくくなり、この時点で睡眠薬も同時に効き目が落ちるようです。どうしても眠りにくい日が続く場合は、薬の力を借りることが必要と思います。最近は、睡眠のリズム時計を調節する薬も開発され、朝の目覚めも良いようです。薬を飲んでいると脳の機能が落ちてぼけやすくなると思い込む方も多いようですが、現在の薬を医師の指示通りに飲む分には問題ありません。
 むしろ、不眠症を放置することのほうが、よほどリスクが高くなり、自律神経の不調を招きます。その人に合った睡眠の取り方、薬の使い方がありますので、かかりつけ医にご相談ください。

平成26年12月 中川 学


手術で治せる認知症

 近年の高齢化に伴い、認知症の患者数は増加の一途をたどり、現在では全国で300万人以上の患者さんがいるといわれています。認知症はアルツハイマー型、脳血管型などに分類できますが、そのうちの約60パーセントはアルツハイマー型認知症で主に薬物により治療を行いますが、認知症の中には手術により治せるものも存在します。その代表的な疾患として特発性正常圧水頭症と慢性硬膜下血腫があります。
 突発性正常圧水頭症は原因ははっきりしていませんが、脳内に髄液が徐々にたまり、脳室が拡大し脳が圧迫されて症状が出現してきます。この病気は認知症外来を訪れる60歳以上の患者の2~5パーセントを占め、全国で数万人の患者さんがいるといわれています。主な症状は、歩行障害、認知障害、尿失禁などですが、アルツハイマー型認知症との区別が難しい場合も多く、診断には髄液排除試験などを行います。手術は脳室の余分な髄液を体内に埋め込んだチューブでお腹に流す「髄液シャント術」を行い、半数以上の方は症状が改善します。
 慢性硬膜下血腫は頭を打ったりした後に、頭蓋骨の内側で脳を包んでいる硬膜と脳の間に徐々に血液がたまって脳を圧迫してくる疾患ですが、認知症状を中心に発症する場合があります。
 診断は頭部CT、 MRIで可能で、治療は頭蓋骨に小さい穴を開け、血腫を吸引し洗浄する「穿頭洗浄術」を行い、ほとんどの方は術後症状は改善します。このように認知症の中にも手術により治るものもあり、早期に専門医を受診することが重要です。

25年11月 藤澤睦夫


自閉症スペクトラム(ASD)

 人との付き合いや意思の疎通、臨機応変の行動が難しい、そんな特性を持つ子どもを自閉症スペクトラム(ASD)と呼んでいます。今治市で毎年生まれる子どもの少なくとも2パーセントはそうであることがわかっています。
 ASDは親の育て方から起きてくるものではありません。子どもの特性に周囲が早く気付き、早く対応を開始することが大切です。
 彼らの多くは情報を耳から捉えるよりも、目から捉えるほうが得意な子どもたちです。
 このため、書いて伝える「視覚支援」や「予告」が彼らを助ける手段となりますが、今治市では20年以上も前から、 ASDの子どもたちに対するこのような支援が行われてきました。「なせばなる」式の強引な対応をしていくと、子どもたちは容易に二次障害を引き起こします。学校に行かなくなったり、自分を駄目な人間と思い込んで引きこもったり、大人になってからも過去のつらい場面に急に戻ったようにパニックを繰り返すなどです。
 ASDへの支援の主体は教育支援です。彼らの持つ「しんどさ」を特性から理解し、無理のない取り組みが成人になるまで、途中で切れることなく正しく引き継いでいかれればくすりの出番は明らかに少なくなります。そしてASDの人たちが生きて行きやすい世界というのは、 ASDでない私たちにとっても生きていきやすい世界を意味しているのです。

平成25年10月 藤岡 宏


精神科医からみた「ひきこもり」

 2010年に行われた内閣府調査では、15歳以上39歳以下で₆か月以上続けて家族以外の人と交流をしない「ひきこもり」が全国で225万人に上るという結果が出ました。また、厚生労働省の調査研究班が「ひきこもり」を対象に、全国₅か所の精神保健福祉センターで精神疾患の有無を含めて診断を行った結果、約₈割が何らかの精神疾患に該当し、原因疾患としては主なものに発達障害や統合失調症、気分障害を認めました。
 しかし精神疾患がある場合、疾患や症状の程度、経済状況や家族背景が同様であっても、一時的に治癒したり悪化したりを繰り返し、最終的に「ひきこもり」になる群とならない群の差が発生します。
 なぜなのでしょうか。原因の一つとして診察時のコミュニケーションのズレが挙げられると思います。それは診察場面での診断の告知や治療法、今後の見通しが本人や家族に十分伝わっていない、もしくは偏って伝わってしまうコミュニケーションの量や質の問題です。精神疾患は身体疾患と異なり、診断において、利用可能で数値化できる検査が限られており、それらでさえ治療者の知識や経験に基づく主観が介入してしまいます。それらのため、伝え方によっては診断や治療法に納得できず、それが予後にも反映されてしまいます。
 「ひきこもり」になると抜け出すのが容易ではありません。本人だけでなく家族も苦しみます。当事者だけで抱え込まず、精神疾患の有無を含め専門機関に相談し、それでも不安であればセカンドオピニオンを検討するなど、とにかく早期の対処が非常に大切です。

平成24年7月 平田勝豪


発達障害について

 子育ての不安や心配は、いつの時代も変わらないものです。例えば、乳児期であれば、夜泣きが激しい、よく泣く、かんしゃくが強い、抱きにくい、呼びかけても振り向かない、目が合わないなどの育てにくさなどがご心配でしょう。幼児期には、短い時間でもじっとしておれずよく動き回るので目が離せない、会話がうまくできない、気持ちをわかちあえない、強いこだわりやマイペースな行動が多く指示に従えない、ほかの子どもに興味がなく子ども同士で遊べない、落ち着きがなく待てないので集団行動がとれないなどがご心配でしょう。学童期以降には、読み書きが苦手、落ち着きがなく注意が散漫、周囲の状況が理解できず不適切な言動が多い、友だちとのトラブルが多い、片付けや整理が苦手、忘れ物が多い、家庭での教育が難しい、教師や大人への反抗が多いなどがご心配でしょう。
 重要なことは、そのような「気になる子」がどのような原因で気になる言動をしているのかを確かめ、本人のつらさを理解することです。そして、その原因が保護者の育て方でもない、家庭環境でもないと、はっきりした原因が分からない時に、発達障害と診断される場合があります。知的な遅れがある場合も、ない場合もあります。
 また、発達障害の診断名がついたとしても、一人一人その特徴(特性)が違いますので、早期に見つけて、何が苦手で何が得意かを知り、その子どもに合った対応(療育など)を早期に始める事が大切です。
 一方で、大人になってその特性が残ったとしても、周囲の人の理解と支援があれば、本人が感じる困難は軽減されます。その人らしさをほめてあげながら、普通に接してあげることもまた大切だと思います。

平成23年7月 日根野 尚


不登校について

 不登校とは、学校に行けないという状態を意味します。病名ではありません。ですから、この薬を飲めば治るとか、こんなアドバイスをすれば良くなるという決まった治療法はありません。
 大切なことは、なぜその子どもが学校に行けなくなったのかを理解することです。どのような家庭に生まれ、近所の人たちと生活し、今、どのような学校生活を送っているのかをしっかりと聞いてあげることです。そうすれば、おのずと不登校になっていった原因が分かってくるものです。その子どもだけにあてはまる問題点が浮き彫りにされてくるのです。一人一人異なる問題点について子どもと一緒に考えることが大切です。その時、そばにいる大人は、どんなに子どもが幼く弱い立場であっても、一人の人間として、かけがえのない存在として対峙し、その子どもの気持ちを分かろうとすることに集中しなければなりません。子どもの気持ちが分かった分だけ、新たな展開が起こり、さらに問題の核心へと理解が近づくことになります。
 すべてのことはもちろん分からないのですが、最終的には、生活環境が変化する中で(実は、それには地球の環境や世界経済まで関連しているのですが)、その子どもがどのように感じながら人生を生きたのか、とりあえずは、どのような人間関係の中で心が育ったのかに理解はしぼられていきます。すなわち、その理解がその子どもの治療法ということになるのです。

平成18年7月 日根野尚


たかがストレス、されどストレス

 我々は生きている以上、ストレスとは切っても切れない関係にあります。ではどういうときにストレスを感じるのでしょうか。それは、物事が自分の思いどおりにいかない時、想定外のことが自分の身にふりかかってきた時です。たかがストレス、とおっしゃられる方がおられるかもしれませんが、いつ解決するともわからないとき、解決の糸口さえ見つからないときには、不安が加わりかなりの重圧を感じるのではないでしょうか。ストレスの原因の多くは人間関係のつまずきが背景になっているように思います。子どもは学校の中での友だち、先生との関係、成人すれば職場の中での人間関係、さらには家庭の中での夫婦、親子関係などです。もちろん以前から、嫁、姑の関係に代表されるように人間関係のストレスはあったのですが、ストレスへの対処法、そしてストレスへの耐性が乏しくなったように思います。現代のように経済的に豊かになり、文化が成熟し、情報が氾濫してくると、特に若い世代は携帯電話、メール通信などがコミュニケーションの媒体となり、直接の対話で相手とやりとりすることが少なくなっています。こころに葛藤が生じたとき、自分の気持ちにどう折り合いをつけるかが下手になっており、その結果いろいろなこころのひずみが生じて心療内科に相談に来られる方が増えています。なかでも、若い世代のうつ状態、不登校、ひきこもり、摂食障害、過呼吸症候群、リストカット症候群、また世代を問わずうつ病、パニック障害、対人緊張などです。されど、ストレスは人が成長していくための、そして自分が自分らしく生きていくための試金石であることも事実です。それをサポートしていくのもまた人間関係なのです。我々心療内科医師は、少しでもそのお手伝いができれば、と思っています。

平成18年4月 中川 学


心因を主とする不登校

 不登校とは、多彩で異なる心理的要因を背景として、長期にわたり学校に行っていない状態をいいます。多くの不登校児は一定の経過をたどりやすいことが知られています。
(1)さまざまな身体症状を訴え、休みがちな時期
(2)身体症状の訴えが減少し、朝起きて来ず欠席が持続する時期
(3)乱暴な言動や興奮を繰り返す時期
(4)昼夜が逆転し、自室、家に閉じこもる時期
 (1)の時期には心理的苦痛を思わせます。学校の話題で表情が固くなる、落ち込む、興奮する。級友や教師との接触を嫌がる。前日登校の用意をしながら、当日朝になると行けない。登校しようとすると身体症状が強くなる。学校に関するネガティブな発言(楽しくない、行かない)なども言動が見られます。
 そのような症状や言動が見られるとき、対策としては、まず医療機関を訪れ身体に異常のないことを確認し、つぎにその子に合ったさまざまな機関と連絡をとることによって、再登校できるように考えます。
 現在、再登校率は75パーセントといわれています。また再登校の難しい子どもも、今後の方針をさまざまな機関で共に考えてくれます。相談機関としては、今治市保健センター、今治中央保健所、愛媛県精神保健福祉センター、愛媛県総合教育センター、今治市青少年センター、今治適応指導教室(コスモスの家)、カウンセリングルーム青い鳥などがあります。
 一人一人の児童、生徒が安心し自信をもち、自由な気持ちで学校や社会に適応できることが大切です。

平成17年5月 小野山啓子


気になるもの忘れ

 50歳も過ぎると大抵の人が物を置いた場所や、出会った人の名前がとっさに思い出せなくなります。もしかしたら痴呆では、と気になりますが、自分で悩む「ひどい度忘れ」程度であればその心配はなく、医療機関を受診する人はまだ少ないようです。しかし物忘れが目立ちながら、ほぼ日常生活はできている「軽度認知障害」の中には痴呆の予備軍があり、要注意です。
 痴呆による物忘れは「記銘の障害」によるもので、出来事や行為を覚え込むことができません。本人の「そんなこと知らない、していない」はうそではないのです。記憶の点検もできず、病的物忘れは頻度も程度も増し、さらに見当識が侵され、日常生活にも支障がでてきます。こうなると自分が病気であることも自覚できず、医療や介護を受ける必要性も理解できません。
 介護保険も施行後5年間経ち、介護サービス利用者が急増しています。中でも要支援・要介護1など比較的軽度の方の増加が目立ち、今後「介護予防」に重点対策がなされます。一方、要介護認定者の半数に影響している痴呆に関しては、介護予防以前の必要な対応が遅れています。早期に発見・診断すれば、薬物療法で進行を抑え、問題行動や症状を鎮めることが可能です。ケアの仕方により、発症を遅らせ進行を予防する効果も見られます。
 昨年12月に、用語も「痴呆」から「認知症」へと変わりました。正しい理解に基づく早期対応、新しいケアなど「認知症」への取り組みが一層必要となっております。

平成17年3月 山内美知


心療内科について(上)

 下記の症状がある人は何科へ受診してよいかわからないのが実情だと思います。精神科または心療内科以外の科を受診すると、患者さんも医師も共に苦しみが続くことがあります。2~3ヵ月ははざらで、2年、3年、最長10年余りもの間、精神科・心療内科以外の科を受診しても効果がなく苦しみが続き、心療内科を受診してよくなった人々がいます。精神科が混んでいるようであれば、心療内科に来てください。
 いらいらや不安がある・気だけあせって仕事が手につかない・電話やその他の音が心臓にこたえる・しんどい・フラフラする・胸が苦しい・・ため息が出る・眠れにくい・夜になると不安になり、毎晩タクシーで病院に走る・落ち着かず、じっとしておれない・目の周囲がピクピクする・どの科を受診しても治らず、大学病院へ行き、手術を勧められるが、手術を受けても効果がないといわれる・目をあけているより閉じているほうが楽な気がする・目があかないと言って眼科を受診しても異常なしと言われる・胃の検査を何回受けても異常がなく、胃薬をいくらもらっても食欲がない・食べ物に味がなく(砂をかむようなと表現した人もいます)、体重が減る・口が乾き、渋く、苦い・メニエル氏病が何回も何回もおこる・頭が悪いのに脳のCT検査を受けても異常がない・肩こり止めの薬を飲んでも肩こりが続く・心臓に基礎疾患がないのに脈が飛ぶなど。
 心療内科ではこのような症状のある人を治療し、効果があがっています。

平成12年7月  吉本光保


心療内科について(下)

 前回に引き続き心療内科で治療し、効果が上がっている症状をお知らせします。
 血圧の上下が激しく数種類の降圧剤を服用しても血圧が安定せず、医師から「あなたの血圧は下がらない体質です」と言われる・今まで服用していた降圧剤で効果がなく、増量しても血圧が下がらなくなってきた・膀胱炎でないのに排尿回数が多い・自信がない・気分が沈む・人と話す、化粧をする、買い物に行く、食事の準備をするなど何をするのも面倒くさい・人からなまけ病とか横着病とか言われる・意欲がない・テレビや新聞などを見ない・この世の中に面白いものがなくなった・気持ちがさっぱりしない・家族に対してすまないと思う・決断力がなく迷う・自分が役立つ人間とは思わない・死んだほうがましと思う・遺書を書こうと思ったり、実際に書いてタンスに入れている・上記の症状のある登校拒否の子ども。
 精神科や心療内科以外の科を受診すると自律神経失調症や更年期障害または異常なしと言われる・頭、心臓、肺、胃腸など体のあちこちの具合が悪いような気がするので、そのことを医師に言うと薬を次々と多量にくれるが、それを全部飲んでもぜんぜん効かない・いろいろな検査を受けても異常がない。
 以上のような症状がある場合は一度心療内科を受診してください。
 上記の症状を改善する適切な薬が2種類あります。3日以上服用すれば必ず治癒の兆しが見え始めます。3日以上服用しても変化がなければ、それは効かない薬です。適切なアドバイスと薬で必ず治ります。それ以前の健康的な社会生活を送ることができるようになります。
 受信する科を間違わないようにしてください。

平成12年7月  吉本光保


自閉症(1) 高機能自閉症とは

 「自閉症」というと、心理的な理由で心を閉ざした人のイメージが浮かびますが、本当のところは、3歳までに起こってくる脳機能の発達障害です。親の育て方には関係なく、150人に1人程度の割合で発生します。人とつきあうのがへたで、意志の疎通が難しく、一つのことに凝りやすい等の特徴を持ち、多くは幼少期、言葉が遅い、目が合わない、音への反応が妙、などで気づかれます。
 最近、知的に高い自閉症(高機能自閉症)の子供達が、学習障害(LD)の症状を持つ子供達の中に、かなりの率で含まれることがわかってきました。高機能自閉症の子供は知的な遅れはありませんが、一般の自閉症の子供と同様、時間と空間の理解など、まさかと思うようなところに来て苦手さを持っています。彼らのほとんどは一般の保育所や学校に在籍していますが、知的な遅れがなく会話もできたりするので、子供の苦手さが周囲にはかえって見えにくく、本当は苦手さから生じている行動を、わがままによるものと見なされたり、親のしつけのせいにされたりしがちです。その結果、周囲から無理なことを強要されたり、善意の激励を受けたりするので、彼らは次第に自信を失って家に引きこもったり、不登校や心身症に陥ったりすることも少なくありません。しかし彼らの特性を周囲が理解し、特性に応じた支援を行えば、その人の持ち味を生かすことで、著明な研究家や大学教授などになったりする人もいるのです。

平成12年2月  藤岡 宏


自閉症(2) 自閉症の文化

 自閉症の人たちは一般に、耳で聞いて理解し考えることが苦手で、この傾向は本人の努力次第で同行できるような性質のものではありません。ですから彼らが他者とうまく意志疎通ができるためには、足の不自由な人にとっての杖のような補助具が必要なのです。それは何かというと、写真や絵、文字など、目で見てわかる視覚的手がかりです。
 彼らは耳からの情報処理は苦手ですが、目からの情報処理は得意です。ここをうまく生かすことができれば、彼らは自立して地域で生活できるようになります。現にこのような形で、自閉症の人の98パーセントまでもが自立して生活を送っているところもあるのです。
 このような自閉症の特性についての理解が進むにつれ、世界の自閉症療育・福祉の潮流は、私達の文化と自閉症の人たちの文化の共存を目指す方向へと向かいつつあります。そこで私達に求められるのは、彼らが目で見て思考する人たちであることを私達がきちんと理解し、彼らにとっての生命線である視覚的手がかり(絵や写真など)を排除してしまうような愚を犯さないことだと思います。視覚的手がかりは、私たちにとっては「あると便利」程度のものに過ぎませんが、自閉症の人たちには「ないと困る」ものなのです。
 昨今、随所で「個性」の尊重がうたわれる時代となりました。「我は我、君は君、されど仲良き(武者小路実篤)」-先人の言葉を今一度、じっくりかみしめたいと思います。

平成12年3月  藤岡 宏


「うつ病」は治る

 うつ病は心の落ち込みの状態で、心身にさまざまな不調が現れてきますが、一番の中心は「憂うつ気分」です。健康人の憂うつと違い、睡眠障害(早朝覚醒)が起きたり、寝起に症状が悪く夕方になるにつれて軽減したり、自殺を考えたりします。軽い時期は「病感」はあっても、ある時期を過ぎて重くなると病気であるとの認識(病識)が全くなくなってしまうので要注意です。
 最近は、感情障害、気分障害などといわれるようになりました。元来、中年の病で30~70代にかけて多く、最近は思春期から更年期まで各年齢層に広がっています。他の心の病に比べていろいろな身体症状が現れ易く、時には身体症状のみが強く現れて気分の症状が隠れている場合もあります。几帳面でまじめ人間がかかりやすく、治療は薬(抗うつ剤)が確実に効果があります。医師を信頼して規則正しく服用することと休息が非常に大切で、できれば職場から離れて十二分に休養することです。“怠け者”と見られやすい損な病ですが、家族は医師の注意をよく守り、温かい人間関係のもとで支えてあげて下さい。自殺予防のためにも励ましは禁物です。また、重大な決定は治ってからにするのが賢明です。
 早くて2カ月、長くて2年位で確実に治りますので気長に待つことです。治り際は一進一退のこともあり、時には繰り返す場合もありますが、治る病気ですので、少し長めに薬を飲み、社会復帰もゆっくりを心がけて下さい。家族と共に何でも気軽に専門医に相談されることをお勧めします。

平成3年6月  越智伸彌


健やかに老いる

 老いるというイメージは一般的に暗い。生理的、心理的、社会的変化として個人的能力が低下してくるからです。種々のものを失う。いわゆる喪失体験を持つ。また、老人の世界を見てみると、価値観、手段、日常経験に染みとおった故意を露にしている。しかし健やかに老いるというと、話が明るくなって来る。今回はそこへスポットを当て、積極的な内的発展への姿として、健やかに老いてみたい。
①場の内部にいる 家庭、地域、組織に属し愛する。そして同一化する、深く内部に入るほど、愛情や同一化は強まってくる。内部に入るといっても行動的、共感的、代理的、さらに実存的にと四つのレベルがある。また、現時代と歴史的な場、両者の内部にいるという事が大切である。
②身体的次元での内部にいる 身体的な内部は機能的なものである。これは日常生活に直接結びついているリズムである。環境的背景をとおして、身体認識や身体的親密さを増してくる事が大切である。
③社会的内部にいる 「内部にいる」という参加意識は地域外との相互関係による。外部との頻繁な接触が必要である。旅行であったり、メディア、テレビであってもよい。くだらないニュース、情報も必要である。また、持続的、情緒的結びつきが必要であるから、子供、親戚、友人たちとの手紙、電話交流も大切である。旅行から帰った時など、家に帰ったという強い感情が喚起され鋭気も養われている。
④自叙伝的内部にいる 年をとるにしたがって、場所における代理の参加が増えてくる。そこでは情動的になってくる。その時、自叙伝的内部が非常に重要になってくる。これは新しい背景の中でも、努力によっては造られる。この自叙伝的内部にいるという事、文字通り自分で書いた自分の伝記の内部。即ちその肯定が老人を一番安心させる。

昭和61年5月  山内洋三


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